腰を据えて本格的な歩行を開始した日である。唐戸地区を北浦街道の南の起点として北上する。元旦ではあるが、旧街道だからといって特別そのような雰囲気もなく平日通りであったかと思う。貴船町からややアップダウンを伴う。幡生から綾羅木までは先日歩行済みのためバスを利用した。綾羅木から福江までは平地を進む。
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08:42 唐戸商店街の入り口。赤間関街道北浦筋南端の1つ。
08:45 東側から雰囲気のある通路を抜ける。
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08:47 山陽道はこの辺りを通って観音崎町永福寺が終点となる。
08:50 境内から関門海峡を望む。対岸は九州となる。かつて階段の下がすぐ海だったという。
08:50 正月1/3社参りが完了。
08:51 歴史を感じさせる石垣。焼夷弾の跡が残ると聞いたことがあるがよくわからない。
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08:52 元旦午前9時の様子。詣での客がちらほらいらっしゃる。
08:55 唐戸商店街。人通りはない。
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08:59 右に鳥居がある。なお左右にも数メートルを隔てて「赤間ヶ関裏町跡」および、「旧赤間関稲荷町跡」の碑があるようだが見逃している。稲荷町は下関屈指の花街として栄えていたようだ。
09:00 ホテルの横を入っていくと廣末稲荷神社がある。一帯は太平洋戦争末期の下関空襲において凄惨を極めた場所である。神社も一度全て焼失の後、再建されたそうだ。戦前までは広大な境内が存在していたという。
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09:02 2/3社参りが完了した。
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09:05 「元日の 活気忘れし 路地の神」by 筆者。参拝を終えて街道へ戻る。
09:10 やや狭い旧道へと入る。
09:11 廣末稲荷神社にも勝るとも劣らぬ貴船(きふね)神社の立地が見事。先に神社が存在していたのかもしれないが、民家を縫うように所狭しと階段が通じる。下関らしい風景。実は丸山町にももう一つの貴布禰(きふね)神社があるのだが、これが階段の具合まで実にそっくりなのだ。
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09:12 当時は気にもしなかったが郵便配達のバイクの荷台に鎮座するロボットらしき物体は何か。→蓋が空いた配達ボックスと判明。下関の配達員は開放的である。
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09:13 階段途中の小径を右に入ってみる。
09:14 神社の裏へ回り込む小径が続く。
09:14 どんどん登れる。
09:15 興味は尽きないのだがきりがないのでここで引き返す。
09:15 貴船神社裏からの眺め。
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09:17 貴船神社境内へ。ご神体であろうか至って簡素である。
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09:19 なかなか見ごたえのあった貴船神社を後にする。早くもこの正月の3/3社参りが完了した。
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09:21 旧街道の面影が残る。といっても建物はほぼ昭和のもの。
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09:23 おもちゃ屋がある。気が付かなかった。子供達の立ち寄りコースとして健在であってほしいものだ。
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